人口減少や税収縮小、観光低迷といった課題を抱える地方自治体にとって、「選ばれる地域」をつくるためのマーケティング戦略は今や不可欠な取り組みとなっています。地方創生マーケティングとは、企業が顧客獲得のために行うマーケティング手法を地域活性化に応用するアプローチです。単なるPR活動とは異なり、明確なターゲット設定、競合分析、ブランド構築、そして継続的な改善サイクルを回すことで、持続的な地域価値の向上を目指します。この記事では、地方創生マーケティングの基本フレームワークから具体的な成功事例、そして明日から実践できるステップまでを体系的に解説します。
地方創生にマーケティングが必要な理由

日本の多くの地域が人口減少、高齢化、空き家増加、地場産業の衰退といった共通の課題に直面しています。国主導の地方創生政策によって補助金や制度支援が整備される一方で、実際に成果を上げている地域とそうでない地域の差は広がりつつあります。この差を生み出しているのが、マーケティング的な発想の有無です。
従来の地域振興は「地域にある資源を広く知ってもらう」という発信型のアプローチが中心でした。しかし、情報があふれる現代において、単に情報を発信するだけでは人々の関心を引くことは困難です。マーケティングの視点では「誰に対して、どのような価値を、どのように届けるか」という戦略的な設計を行います。この考え方を地域活性化に取り入れることで、限られた予算と人員でも効果的な施策展開が可能になります。
「選ばれる地域」になるための発想転換
地方創生マーケティングの本質は「地域が選ばれる理由を明確にし、その理由を必要としている人に届ける」ことにあります。観光、移住、企業誘致、特産品購入など、地域と関わる場面は多様ですが、いずれの場合も「なぜこの地域なのか」という問いへの答えが求められます。
従来型の発想では「うちの地域にはこんな資源がある」という供給者視点で考えがちでした。マーケティング的な発想では「ターゲットとなる人々は何を求めているか」という需要者視点からスタートします。たとえば、移住促進を考える場合、「自然環境が豊か」という地域の特徴をそのまま伝えるのではなく、「子育て環境を重視する30代ファミリー層にとって、どのような暮らしの価値を提供できるか」という視点で訴求ポイントを整理します。この発想転換により、メッセージの精度が高まり、響くべき人に響くコミュニケーションが実現します。
地方創生マーケティングの基本フレームワーク

地方創生マーケティングを効果的に進めるためには、体系的なプロセスに沿って戦略を立案・実行することが重要です。ここでは、多くの自治体や地域で活用されている6つの基本ステップと、地域版にアレンジした分析フレームワークを紹介します。これらのフレームワークは、民間企業のマーケティングで実績のある手法を地域活性化の文脈に適用したものです。
戦略立案の際に陥りがちな失敗として、「補助金消化型の単発施策」や「ターゲットが広すぎてメッセージがぼやける」といったケースがあります。フレームワークに沿って検討することで、このような失敗を回避し、一貫性のある取り組みを設計できます。
6つの基本ステップ
地方創生マーケティングは、以下の6つのステップで進めることが一般的です。
第1ステップは「目的・ゴール設定」です。観光客数、移住者数、域内消費額、関係人口など、何を成果指標とするかを明確にします。目的が曖昧なまま施策を進めると、効果測定ができず、改善にもつながりません。
第2ステップは「戦略仮説の立案」です。ターゲットとなる層と、その層に提供する価値について仮説を立てます。この段階では完璧を求めず、後から検証・修正することを前提に仮説を設定します。
第3ステップは「環境分析」です。後述する3CやSWOTといったフレームワークを用いて、地域の強み・弱み、外部環境、競合地域の状況を整理します。
第4ステップは「基本戦略の構築」です。分析結果をもとに、ターゲットの絞り込み、ポジショニングの決定、ブランドコンセプトの策定を行います。
第5ステップは「施策プランニング」です。具体的な特産品開発、観光コンテンツ、移住支援パッケージ、プロモーション手法などを設計します。
第6ステップは「施策遂行とPDCA」です。KGI(重要目標達成指標)とKPI(重要業績評価指標)を設定し、実行・測定・改善のサイクルを回します。
地域版3C分析とSWOT分析
3C分析を地域に適用する場合、Company(自社)を「地域・自治体」、Customer(顧客)を「住民・来訪者・移住希望者」、Competitor(競合)を「競合地域」と読み替えます。自地域の資源や強みを棚卸しし、ターゲット層のニーズを把握し、競合地域との差別化ポイントを明確にすることで、戦略の方向性が見えてきます。
SWOT分析では、内部環境として地域の強み(Strength)と弱み(Weakness)を、外部環境として機会(Opportunity)と脅威(Threat)を整理します。内部環境には自然資源、文化遺産、人材、産業基盤などが含まれ、外部環境には人口動態の変化、観光トレンド、政策制度の変更などが含まれます。これらを整理したうえで、強みを活かして機会を捉える戦略、弱みを補いながら脅威に対処する戦略を検討します。
STP戦略の地域適用
STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)は、地域マーケティングにおいて特に重要なフレームワークです。
セグメンテーションでは、地元住民、近隣エリア在住者、国内都市部居住者、インバウンド観光客といった区分に加え、ライフステージや関心事項による細分化を行います。すべてのセグメントに同時にアプローチしようとすると、メッセージが散漫になり、どの層にも響かない結果になりがちです。
ターゲティングでは、短期的に成果を出しやすい層と、中長期で育成すべき層を区別します。たとえば、観光においては、まず近隣エリアからの日帰り客を増やし、その後に宿泊を伴う遠方からの来訪者へとターゲットを広げていく段階的なアプローチが効果的な場合があります。
ポジショニングでは、他地域との差別化軸を決定します。「挑戦できるまち」「コラボしやすい市」「子育て日本一を目指すまち」など、明確なタグラインを設定することで、地域のイメージが固まり、一貫したコミュニケーションが可能になります。
成功事例に学ぶ地方創生マーケティングの実践

ここでは、地方創生マーケティングで成果を上げている地域の具体的な取り組みを、目的別・施策特徴別に紹介します。これらの事例に共通するのは、明確なブランドコンセプト、ターゲットとの整合性、デジタルとリアルを組み合わせた継続的な接点づくりといった要素です。自地域の状況と照らし合わせながら、参考にできるポイントを見つけてください。
観光・関係人口拡大の事例
宮崎県日南市は「コラボしやすい市」というコンセプトを掲げ、外部企業やスタートアップとの連携を積極的に推進しています。自治体が企業との共創プラットフォームとなることで、新たな観光コンテンツの開発や地域ブランドの発信力強化につなげています。デジタルマーケティングを活用した情報発信と、実際に地域を訪れる機会の創出を組み合わせることで、一過性のプロモーションに終わらない関係構築を実現しています。
石川県能登町では、世界農業遺産に認定された「能登の里山里海」のストーリーを活用した共感型プロモーションを展開しています。単に「美しい風景がある」と伝えるのではなく、その風景を守り続けてきた人々の営みや文化的背景をストーリーとして伝えることで、観光客の共感を呼び、リピーターや関係人口の増加につなげています。
特産品ブランド化の事例
茨城県行方市では、特産品であるさつまいものブランド化を推進するために「さつまいも課」を設置しました。行政内に専門部署を置くことで、生産者との連携、品質基準の設定、販路開拓、PRまでを一体的に進める体制を構築しています。行政主導でありながら、マーケティングの専門性を取り入れた組織設計が成功の要因となっています。
鹿児島県長島町の養殖ブリブランド「鰤王」は、ネーミング、品質基準、販売チャネルの整備を総合的に行った事例です。単に「おいしいブリ」ではなく、明確なブランドアイデンティティを構築し、消費者に対して一貫したメッセージを発信することで、市場での認知度と価格競争力を高めています。
移住・定住促進の事例
北海道東川町や島根県海士町は、文化や教育、子育て支援を軸にした「暮らしの質」を訴求することで、移住者の獲得に成功しています。これらの地域では、短期的な補助金施策ではなく、長期的なブランド構築に注力しています。「どのような暮らしができるのか」「どのような価値観を持つ人が集まっているのか」を明確に伝えることで、地域の方向性に共感する移住者を呼び込んでいます。
海士町では「ないものはない」というキャッチコピーのもと、不便さを逆手に取った価値提案を行っています。都会の便利さはないが、だからこそ得られる豊かさがあるというメッセージは、ターゲット層の価値観と強く共鳴し、移住者だけでなく、プロジェクト参加を目的とした関係人口の増加にもつながっています。
デジタル時代の地方創生マーケティング

現代の地方創生マーケティングにおいて、デジタルツールの活用は欠かせません。SNS、メールマガジン、EC、クラウドファンディングなどを組み合わせることで、限られた予算でも広範囲に情報を届け、継続的な関係を構築することが可能になります。ただし、デジタル施策はあくまで手段であり、前述した戦略設計があってこそ効果を発揮します。
SNSとWebを活用したプロモーション
自治体公式SNSを活用した観光プロモーションや特産品キャンペーンは、多くの地域で取り組まれています。成功している事例では、フォロワー数の増加だけでなく、エンゲージメント率(いいねやコメントの割合)やWebサイトへの誘導数、実際の来訪や購入への転換率までをKPIとして設定しています。
効果測定の指標としては、SNSフォロワー数の推移、投稿のエンゲージメント率、Webサイトのページビュー数やセッション数、メールマガジンの開封率やクリック率、そして最終的な成果指標である観光客数や売上への寄与などが挙げられます。これらを定期的にモニタリングし、改善を重ねることで、施策の精度が高まります。
ECとクラウドファンディングの活用
地域産品のEC販売は、物理的な距離を超えて顧客にアプローチできる有効な手段です。ふるさと納税制度を活用した返礼品としての展開も、認知拡大と収益確保の両面で効果を発揮しています。
クラウドファンディングは、資金調達だけでなく、プロジェクトへの共感者を可視化し、関係人口を創出する手段としても活用されています。プロジェクトの背景にあるストーリーを丁寧に伝えることで、単なる購入者ではなく、地域の応援者としてつながりを持つ人々を増やすことができます。
明日から使える実践ステップとチェックリスト

地方創生マーケティングを始めるにあたって、まず着手すべきことを整理します。大規模な組織改革や多額の予算がなくても、基本的なステップを踏むことで、戦略的な取り組みをスタートできます。
実践のための確認事項
取り組みを始める前に、以下の点を確認してください。
目的の明確化として、「何のために取り組むのか」「成功の定義は何か」を関係者間で共有します。観光客数の増加なのか、移住者の獲得なのか、特産品の売上向上なのか、目的によって取るべき戦略は異なります。
ターゲットの特定として、「誰に届けたいのか」を具体的に定義します。年齢、居住地、ライフスタイル、関心事項など、できるだけ具体的にペルソナを描きます。ターゲットが曖昧なまま施策を進めると、誰にも響かないコミュニケーションになりがちです。
競合の把握として、ターゲットが自地域と比較検討しそうな他地域を調査します。競合地域がどのような訴求をしているかを知ることで、差別化ポイントが明確になります。
KPIの設定として、施策の効果を測定する指標を定めます。最終的な成果指標(KGI)だけでなく、そこに至るプロセス指標(KPI)も設定することで、改善のヒントが得られます。
組織体制の確認として、誰が責任を持って推進するのか、必要な権限や予算は確保されているかを確認します。担当者任せにせず、組織として取り組む体制が成功の鍵となります。
これらの確認を経て、小さくても具体的な施策からスタートし、実行・測定・改善のサイクルを回していくことが、地方創生マーケティング成功への第一歩です。
まとめ

地方創生マーケティングとは、「選ばれる地域」をつくるための戦略的アプローチです。成功している地域に共通するのは、明確なターゲット設定、一貫したブランドコンセプト、そしてデジタルとリアルを組み合わせた継続的な関係構築です。3C・SWOT・STPといったフレームワークを活用し、目的・ターゲット・KPIを明確にしたうえで施策を設計することが重要です。補助金消化型の単発施策ではなく、PDCAサイクルを回しながら地域の価値を高め続ける姿勢が、持続的な成果につながります。
